日時

目的地

所在地

2015年9月29日

高倉山(836.1m)

石川県加賀市山中温泉真砂町

 行動日程

登山口(駐車場有)9:40〜10:10悪魔の手10:10〜10:50試練の木10:50〜11:00高倉山山頂11:30〜12:10真砂谷の頭12:30〜12:50登山道開発最前線14:30〜真砂谷の頭〜高倉山〜16:15登山口

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献  :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。最初は山岳表記に適した地形図が表示されますので、登山口へのアクセスを知りたい場合などは地図表示画面の上部にある地図ボタンをクリックして戴ければ標準地図に切り換わります。また、ラベル(吹き出し)のないマーカー(アイコン)にマウスポインターを合わせると、その地点情報が表示されます。この地図ではアバウトなルートしか解りませんので、詳しいルートは上記の「地理院地図によるルートマップ」をご覧ください。なお、地図上の赤線が今回歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫

加賀市の山は今、新道開発が盛んだ。つい先日登った菅倉山は山中山岳会が、そして今日登る高倉山は加賀山岳会が登山道を開発してくれた。そのお陰で、薮漕ぎせずに山頂を踏めるようになった。また、今年8月2日に行われた山中温泉トレイルレースのために小大日から県民の森に至る尾根道も新しく開発されたそうだ。加賀市(大聖寺)は日本百名山で有名な深田久弥氏の出身地。同氏は若い頃、このあたりの山に登っておられたそうで、さぞ草葉の影で喜んでおられることだろう。

林道入口のゲート

登山口駐車場

高倉山は富士写ヶ岳、菅倉山から更に奥に入ったところにある山。登山口は九谷ダムの湖岸道路を進み、九谷磁器窯跡で左折せずに直進すると、車で5分ほどで左側にゲートが見えてくる。そのゲートを入って行った林道途中にある。この山に登るのは初めてだが、登山口は進行方向右側斜面にすぐに見つかった。新しく開発された登山道だと言うのに、登山口のすぐ横に車が2台停められる立派な駐車場があったのには驚いた。すでに先客がおり、車が一台停まっていた。もしかして、高倉山の登山道を開発している、加賀山岳会のO(薮漕ぎ山男)さんかもしれないと思ったが、今日は平日だし、そんなはずはないな、と半信半疑で登山道に入る。 

登山口

登り始めの急斜面

登山口には立派な標識があるので、すぐに解る。登山口はのっけから急斜面で滑りやすい。設置されていたロープにしがみつきながら、登る。

登山道の様子

悪魔の手

この登山道には石楠花が多い。その時期になれば石楠花ロードが続くことだろう。3、40分歩くと木の枝に「悪魔の手」と書かれた標識があるところに来る。木の幹に出来た瘤が手に見えるのだ。それも何か薄気味悪い感じを与え、悪魔の手と言う表現がぴったり。
 

ブナの大木

大岩

悪魔の手までは単調な登りだったが、そこを過ぎると大岩があったり、やせ尾根を通るところがあったり、なかなか飽きさせないコースだ。登山道の真ん中にブナの大木があった。周りのブナに比べて、ひときわ幹が太い。
 

試練の木

やせ尾根

大岩から少し進むと、やせ尾根の真ん中に真っ二つに引き裂かれた木があり、「試練の木」と書かれてあった。落雷で、木が真っ二つに引き裂かれたのだろう。それでも生き延びているのだからすごい。この辺りで、歩き始めてとうに1時間を過ぎていたので、一休みしようかなと思ったが、頂上らしきものが見えていたので、そのまま歩き続ける。

山頂直下の登り

しかし、なかなか頂上に着かない。1時間を30分ほどが過ぎ、ようやくはっきりと高倉山と思われる山頂が見えてきた。最後の急登をこなすと、山頂に飛び出した。

 

高倉山山頂

高倉山の標識

山頂は木が伐採されており、かなり広々としている。丸太で作ったベンチのところに、かわいい熊さんが描かれた標識があった。薮漕ぎ山男さんのお手製だ。

東向きの三角点(点名:高倉)

磁北にぴったり一致

隅のほうに三角点があったので、早速見に行く。そしてまた裏切られた。先日の菅倉山に続いて、またしても三角点と刻まれたほうが南を向いていないのだ。菅倉山の三角点は西向きだったが、ここのは東向きだ。コンパスを標石の上に乗っけてみる。磁石の向きと、標石の十字の向きがぴったり一致した。右が北なので、三角点と書かれたほうが東。90度ずれていることになる。しかし、正確に言えば磁石が北を向く方向(磁北)と本当の北(真北)はこの辺りでは西に8度ほどずれている(西偏/上の写真では針が左回りに8度ずれる)はずなので、この標柱は磁石を使って東西南北をはかり、設置したと言うことになるだろう。実際はその西偏も勘案して設置されるはずべきものなのだが・・・。三角点と刻まれたほうが南だと信じ込んできたのだが、その認識を変えなければならないのだろうか。この辺りの三角点は明治39年ころに設置されている。三角点の標柱は三角点と書かれたほうを南向きに設置するのが原則だそうだが、この辺りの三角点を担当した技師は何らかの理由で、その原則を守らなかったとしか思えない。これまで漫然と見てきた三角点だが、今後はしっかり向きを確認することにしよう。

加賀平野を望む

この日は天気がよく、広く刈り払われた山頂からの眺めは最高。北のほうにも切り開きがあり、加賀平野から日本海までが見渡せた。ちょうど正面に鞍掛山が見えるのだが、この写真ではよく解らない。

県境尾根の山々

南のほうは大きく木が刈り払われており眺めは最高。正面に大きく見えている尾根は加賀甲から毛無山を通ってみつまた山に至る県境尾根だ。4、50年前にはここに登山道があったが今は薮に戻っている。また、大昔にはこの尾根筋辺りを豊原寺白山禅定道が通っていたと言われている。

高平山・P970m(県境尾根)・浄法寺山・南丈競山・北丈競山

南西のほうに高平山・浄法寺山・丈競山が確認できたが、先日登った菅倉山は木々が邪魔して見えなかった。

小大日・大日山・加賀甲

これから行く東のほうを見る。左の尖った山が小大日で、中央の緩く右斜めに傾斜した山が大日山、右にこんもり盛り上がった山が加賀甲のようだ。手前のほうに黒く見えている山が真砂谷の頭だ。山頂で休んでいると、奥に続く登山道のほうからチェーンソーの音が聞こえてきた。これは薮漕ぎ山男さんに違いないと、奥に続く登山道に足を踏み入れる。

石楠花畑の中の登山道

境界杭

登山道は最近薮を切り開いたとは思えないほど立派な道が続いていた。しばらく行くと、一面石楠花畑の南斜面にやってきた。道はその中に一直線に続いていた。この石楠花の中の登山道を歩いていると、境界杭が現れた。薮漕ぎ山男さんは作業中に何本もこの境界杭を発見しているそうだ。

真砂谷の頭(通称蛸坊主)

その辺りから真正面に異様な形をしたピークが見えてきた。薮漕ぎ山男さんが蛸坊主と命名した真砂谷の頭(P866m)だ。その名の通り、足を大きく広げた蛸にそっくりだ

最低鞍部770mの標識

真砂谷の頭直下の急登

蛸坊主へは一旦下り、登り返す様になっているが、そこには最低鞍部(766m)と書かれた真新しい標識があった。切立った蛸坊主への最後の登りはかなり急で、ずっとロープが張ってあった。岩混じりのやせ尾根を通るところがあり、ちょっとしたスリルを味わえる。

真砂谷の頭の急斜面

山頂直下はかなりの急登で、枝に掴まりながら、何とか登って行くと、真砂谷の頭の稜線に着いた。

真砂谷の頭の稜線から県境尾根を望む

真砂谷の頭の稜線から県境尾根がよく見えた。右側にひときわ高く見えるのは高平山。

真砂谷の頭(P866m)

登山道開発最前線

蛸坊主の頭は細長い尾根になっており、山頂手前に岩があり、その岩を乗り越えるために、木の枝で簡単な足場が作られていた。そこを一跨ぎすると、蛸坊主と書かれた標識のところに出た。蛸坊主から下りになり、少し降りると、シートにくるまれた機材が現れた。いよいよ、登山道開発の最前線に近づいてきたようだ。蛸坊主から小さなピークを二つほど越すと、薮の中で作業している男性が現れた。「加賀低山徘徊部さんですか、U字倶楽部です」と声を掛けるとすぐに解ってくれたようで、「こんな辺鄙なところへようこそ」と声が返ってきた。ブログ上では何度かコメントのやり取りをしているが、実際にお会いするのは今回が初めて。いつかはお会いすることがあるかもしれないと思っていたが、まさか今日薮漕ぎ山男さんにお会いできるとは。

作業中のOさん

切り開かれた登山道

新道開発の現場を体験したくて、藪漕ぎ山男さんの後を付いて行く。最初、ルートのあたりをつけるために、のこぎりで人一人通れるだけのスペースを確保しながら、前に進んでいく。ところどころで、迷子にならないように小まめに赤いリボンを木に縛り付けながら、いとも簡単に薮の中を進んでいく。3、40m進んだところで、元の場所に戻り、今度はチェーンソーでスペースを広げ、見る見るうちに登山道が出来上がっていく。見ていると簡単そうだだが、実際やってみると大変だ。

境界杭

これから登山道を付ける所を薮漕ぎして進んでみたら、尾根筋に二つ境界杭を見つけた。薮漕ぎ山男さんによれば、この境界杭があるところに登山道を付けているわけではないが、尾根筋にはこの境界杭がよく見つかるとのことだった。2時半まで作業して、下山に掛かる。途中までご一緒したが、付いていけないので、先に行ってもらった。この登山道は大日山の徳助新道に繋げるそうで、まだまだ時間が掛かるだろうとのことだった。都合が付けばまた手伝うことを約して、別れた。

Back ホームへ

inserted by FC2 system