日時

目的地

所在地

2016年9月21日

赤谷峠(約460m)

清根坂(約200m)

鯖江市上河内町/福井市赤谷町

鯖江市上河内町/越前市清根町

 行動日程

【赤谷峠】上河内集落〜桃源清水〜(林道)〜林道分岐〜赤谷峠〜山伏岩・薄墨桜入口〜赤谷峠〜桃源清水〜赤谷峠入口〜三場坂清水〜工事中の堰堤

【清根坂】清根坂入口〜現在の清根峠〜(旧)清根坂峠〜清根集落

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献  :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。最初は山岳表記に適した地形図が表示されますので、登山口へのアクセスを知りたい場合などは地図表示画面の上部にある地図ボタンをクリックして戴ければ標準地図に切り換わります。また、ラベル(吹き出し)のないマーカー(アイコン)にマウスポインターを合わせると、その地点情報が表示されます。この地図ではアバウトなルートしか解りませんので、詳しいルートは上記の「地理院地図によるルートマップ」をご覧ください。なお、今回はほとんどが車による移動です。地図上の赤線が今回歩いたルート(清根坂峠への取り付きのみ)、青線は車による移動ルートです

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫

赤谷峠と清根坂は、山々に囲まれていた鯖江市河和田の人々が他の地域に出ていくために通らなければならなかった峠。その数は10を超えるという。人々はこれらの峠を通じて他の地域と交流していた。特に河和田は昔も今も漆器が有名だが、これらの峠を漆掻きが行き交ったという。赤谷峠については、その位置を特定するために何度も足を運んでいたが、その目的を達成できないでいた。しかし、地元の方から頂いた情報により、今回ようやくその位置を確定することができた。

桃源清水

林道分岐

河和田はその中心を流れる河和田川が造った細い谷に沿って発達した街。その川に沿って車を走らせる。民家がなくなり、山の中をさらに進むと、桃源清水が現れる。清水は普通はしみずと呼ぶが、福井ではしょうず。石川県加賀市あたりでは生水と書いてしょうずと読ませる。ここを右に進めば折立峠。左に行けば赤谷峠だ。昔はどちらを通っても山を越えて美山側に出られた。しかし、今は折立峠のほうにしか車道がなく、赤谷峠を車で越えることはできない。赤谷峠は平家の落武者伝説がある赤谷集落の人々がよく使った峠だったようだ。桃源清水から左の林道を進む。この林道はほとんどが舗装されており、一般車でも十分に走れる。20分ほど走ると尾花キャンプ場(禅定神社)のほうからくる林道にぶつかる。ここには上河内の薄墨桜の看板がある。ここを左折する。ここを右に進んでも、悪路だが折立峠のほうに行ける。

赤谷峠

分岐から5分ほど進み、林道が尾根上を走るようになると、それほど大きくないが一本杉が立っている。この場所が赤谷峠だ。過去に何度か車でここを通ったが、峠だとは解らなかった。峠道が林道を横切っていたのだ。林道工事で昔の峠の雰囲気はなく、今となってはここにどんな形状の峠があったのか解らない。
 

小さな標識

河和田側に降りていく峠道の跡

しかし、河和田側の斜面を覗き込むと、しっかりした道跡が残っていた。赤谷側も覗き込んだが道の痕跡は見当たらなかった。今日は山歩きの格好をしてこなかったので、探索はしなかった。ここに昔はお地蔵さんがあったというが、上河内の人に聞いたら、赤谷の人が降ろしたのではないかということだった。最近まで祠だけ残っていたというが、それも見当たらなかった。あったのは小さな標識だけだった。この標識がなければ赤谷峠を特定できなかっただろう。
 

赤谷峠の一本杉

山伏岩・薄墨桜入口

位置を確認するために、林道をさらに進んでみる。するとすぐに見覚えのある山伏岩や薄墨桜に下りていく登山道の入口にやってきた。昨年、ここより少し行った山の鞍部が赤谷峠だと思って探索したのだった。

赤谷峠近くの林道から河和田方面を望む

 

赤谷峠道入口

三場坂清水

来た道を戻り、昔峠道があったあたりを見に行くことにした。上記左側写真のところを左に入って行ったところに昔は峠道があった。すぐに右手に三場坂清水が現れた。
 

如来安全地蔵

三場坂清水の反対側には小さな祠があり、如来安全地蔵と書いてあった。昔峠道が通っていたこの谷は如来谷と呼ばれていたそうだ。赤谷峠は標高が460mとかなり高く、また奥深いところにある。特に峠から赤谷側はかなり険しく、長丁場だったため、ここで安全を祈願したのかもしれない。
 

林道の様子

工事中の堰堤

三場坂清水からさらに林道を進んでいくと、上記右側写真の堰堤で道はなくなった。この堰堤を越えて、道が続いていたはずだ。この堰堤は工事中で、工事現場の人に聞いたら、沢の右岸にそれらしき道跡が残っていたと言うことだった。なお、このあたりの観光案内を見ると三場坂清水から継体天皇ゆかりの薄墨桜に上っていく登山道があったことになっており、昔の峠道の一部はその登山道として使われていたようだ。今その跡を辿ろうとすればこの堰堤を越えていくしかない。
 

P9210042.jpg

清根坂分岐

小さな山道

三場坂清水から少し戻ったところに清根坂に上っていく道がある。上記写真は河和田側から見たもので、清根坂へは中央の細い道を右に入って行く。10年以上前に来た時にはここに今立町(現越前市)に抜けるルートとしての道路標識があったと思ったが、なくなっていた。この林道も昔はもっと整備されていたようだ。上河内には昔は鉱泉(上河内鉱泉)があったから、l池田や越前市側から来るには便利だ。上河内鉱泉は明治22(1889)年の開湯。その当時は赤谷峠や折立峠を越えて、多くの湯治客がやって来たという。しかし、上河内鉱泉は1999年に廃業しているそうだ。
 

峠道の跡?

車道上の新しい清根峠

車道はそれほど手入れが行き届いているとは言えないが、すべて舗装されている。峠までは5分ほどだ。車道の脇に上に登っていく、小さな山道があったから行ってみると、平坦な場所があったから、昔の峠道の跡かもしれない。
 

(旧)清根坂への取り付き

清根坂峠

現清根峠を回り込み、清根側のほうに行ってみると、尾根に上っていく細い踏み跡があったので、そこを登っていくと昔の清根坂の峠が現れた。
 

清根坂峠

稜線が4,5mほどえぐられており、幅も7,8mはある立派な堀切の峠だ。昔はかなり使われた峠だったようだ。
 

車道から見上げた清根坂峠

清根側に下りてきたところ

清根側を望む

峠から反対側の清根側に下りてみた。車道は右に行ったり、左に行ったりカーブが多かったが、昔の峠道は谷筋をまっすぐ下りていたと思われる。清根側に出てきたところには春日神社があった。ここから清根集落を抜け、往来に出て、左に進み、さらに清水谷峠を越えれば池田に出られた。予想以上に立派だったから、小さいな峠ながら、重宝されたのかもしれない。近年になって清水谷には隧道(トンネル)が掘られており、この辺りは交通の要衝だったようだ。

 

 

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